マスタリングを一からお聞きします!

エンジニア 杉本敏

マスタリングって何をすることなの?

マスタード編集者 以降「マ」)まず、とても基本的な質問になるのですが、「マスタリング=音を大きくする?というイメージを持たれている方って多いのではないかと思います。正確には具体的にどういった作業になるのでしょうか?

杉本敏):大きく分ければ2つのセクションに分かれます。1つは「音質の調整」です。
近年の「大きいモノこそ正義」という音圧合戦で、おっしゃった様に
マスタリング=音を大きくする」という印象が根付いていますが、少し意味合いは違っています。音圧を上げるというより、例えば、異なる環境や時期に行われたミックスを一つの作品に仕上げる場合、「音質を均一化してバラつき(音質、音圧など)がないように整えるという作業」です。

もう1つは、「マスター作成、PQシートの作成」です。マスタリングでは最終工程のプレス工場へ入稿するマスター制作を行います。曲順通りに並べて時間軸にインデックス(PQコード)を打ち込みます。
そして、曲間の調整(必要であればフェードイン・アウトなど)を行い、マスターを制作して工場へ入稿します。

):今回のコラムでは1つめ(音質の調整)の方を中心に質問させて頂ければと思いますが、具体的な作業内容として、音圧の調整以外に、トータルEQやマルチバンド系のマキシマイザー等が挙げられるかと思います。
音圧以外の工程にどういったものがあるのか、伺えますでしょうか?

杉本):ケースバイケースですが、ミックス時点でトータルに関しては同様の処理が既に行われている事が多いので、「曲毎のバラつきを整える程度のEQ」です。
ちゃんとミックスされているのが前提ではありますが、
リミッターで過度には使用しません。

稀にではありますが、ものすごくバラつきがある場合があります。その場合に僕が行っているのは、作品の中のリファレンスとなる曲を選定して「下の帯域」、「上の帯域」の鳴り方を同じような感じに聴こえる様に調整します。
そして、メインの音(歌ものならボーカル)の質感を出来るだけ近くなる(揃える)ように調整します。

):トータル用にリバーブを掛けるという事はありますでしょうか?

杉本):いえ、トータル(少なくともマスタリングの段階では)でリバーブを使う事はまず無いです。
空間系エフェクト(リバーブやディレイ)は奥行き、広がりなど、いわゆる音像を演出する用途で使っていますので、2mixにリバーブを使うと音像がボヤケてしまうんです。
 

音圧は高いほど、いいものなのでしょうか?

):音圧の話になりますが、WavesのLシリーズや、Slate Digital社のFG-Xなど、アマチュアからプロのエンジニアまで愛用者の多いプラグインを使っても、マキシマイザーを使用すると、少なからず元のミックスバランスは崩れますよね。
せっかくミックスをしてもバランスが崩れてしまうのでは、虚しいと言いますか、ミックスの意義を考えさられる点でもあります。この点に関してはどうお考えですか?


Waves "L3LL Ultramaximaizer"

Slate Digital "FG-X"

杉本):音圧合戦で音量が大きいモノほど良いとされている何とも妙な風潮のおかげで、今ではマキシマイザーは当たり前に使われていますので、、「マスタリングで手を出す所がほとんどない。。」というケースも珍しくありません。
その多くは、おっしゃる通りバランスが崩れ、音像(奥行きや広がり)もダイナミクスも全て犠牲になってしまいます。

音圧調整はハードウェアを使用する。

):なるほど、プラグインによる音圧上げの限界から抜け出す為にも外部ハードウェアが大切なのですね。
杉本さんが現在ご使用のハードウェアは何をお使いですか?

杉本):TDマスターはMR-2000Sを使用して、DSDにアップサンプリングしています。
EQはケースバイケースですが、AvalonDesingnのAD2055、そしてコンプレッサー、リミッター、A/D変換にTC electronicsのFinalizer96kを使っています。


   AvalonDesingn:AD2055
 

マスタリングをする上での注意点

):それでは最後に、改めて読者の方向けに、マスタリングにおけるアドバイスや注意点を頂けますでしょうか。

杉本):ここ最近は音圧を上げるのはマキシマイザーやリミッターなどで手軽にできると思っている方が多いかと思いますが、ちゃんとしたマスタリンググレードで行う場合は、これでは難しいのが現実です。

マスタリングはミックスと違い、2mixに対して処理を行うので、単純にマキシマイザーやリミッターをインサートしても出てほしくない(出てはいけない)帯域まで持ち上がる訳ですから、EQで調整しながら行う必要があります。

最後に、「とにかく音圧を上げればいい」というのは、全くをもって音楽的ではないので、それぞれの楽曲が一番心地よく、聴きやすいバランス、音質にする事が、最もマスタリングに求められることです。
決して、音を大きくする作業がマスタリングではない事を十分念頭に置いた上で、心地良い作品を仕上げて下さい。


 


 

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